2日目(21日) 番外)

*** 番 外 *** 
〜 イタリア人ガイドさんらによるティベリウス紹介など 〜

 ヴィラ・ヨヴィスの見学には、ガイドさんをお願いしました。これは、遺跡を漫然とみても何がなんだかわからないのでは?と思ったのと、夫の母はティベリウスなんて知らないので、ガイドさんから説明していただいたほうがよいだろうと考えたからです。ただし、話を聞いていると・・・「???」な部分もかなりあり。これは、そういういろんな説があるのか、ガイドさんの問題なのか、それとも通訳さんを通したときに話がこじれた(?)のか、それは不明・・・。でも逆に、そんな『??』な部分も面白いので、紹介したいと思います(笑)


 まずは、青の洞窟について。洞窟が、ティベリウスのニンフェウム(ニンフに捧げた建物などの意味らしい。でも要は私用プール)として利用されていたことは有名ですが、ティベリウスはここで乙女たちを犯し、殺していた・・・という噂があったため、後世の人たちは「幽霊が出る」といって近づかなかったそうです。
 
(幽霊、とは書かれていませんが、『魔物や怪物が出る、といわれ恐れられていた』とはガイドブックなどにも記述されています。こういう話はほんと私は不愉快なのですが・・・悲しいことに、そういう噂に事欠かないのがティベリウス・・・泣)

 洞窟から屋敷には通路が延びていたそうで、ヴィラ・ヨヴィスにもつながっていたという説があるとか。ですが、長いトンネルでは発掘しようにも窒息しそうになったりするので発掘がすすんでいないとのこと。
 
(え〜・・でも、ヴィラ・ヨヴィスから青の洞窟ってすごい距離なんですが・・・・・・。ダメクータとかではないんでしょうか??)


 続いては、ティベリウスの人生。面白いので、一部の名前をイタリア語表記で(笑)もちろん、ティベリオ=ティベリウス、そしてセイヤーノはセイヤヌス、ですね。
 ティベリオはティベリオ・ネロの息子としてBC42年に生まれました。彼は戦争で多くの実績を上げました。皇帝は、自分の子ジャルニコに後を継がせたかったのだけれど、彼が東方で死んだため、最終的にはティベリオが皇帝を継いだそうです。ティベリオが東方の戦争への助けに送ったのがセイヤーノで、その後ジャルニコが死亡しているので、ティベリオがセイヤーノに彼を殺させた、という説が生まれたようです。セイヤーノは、ジャルニコの妻をそそのかして浮気して殺させた、という噂もあるとか。また、ジャルニコは、民衆の人気が高かったそうです。セイヤーノは、その後、ティベリオ自身の息子も殺しました。
 (ジャルニコって誰???・・・と思ったのですが・・・多分、アウグストゥスの養子ガイウス。でも、もしかしたらゲルマニクスを指しているか・・・。でも、エピソードはいろんな人の話が混じってるような印象。だからよくわからないのですが・・・)
 皇帝になってからのティベリオは、ローマを広げることをせず、ちゃんと治めていましたが、ローマから追い出されるように南に向かい、最後はカプリに追放されました。彼は人々から嫌われていたので、あまり人と触れ合わないですむように、このように離れた場所にヴィラ・ヨヴィスを建てました。ちなみにヨヴィス(=ユピテル)は戦争に強い神だったので(ティベリオ自身も戦争に強かったので)その名をとったとか。
 (え・・・追放されたんじゃないよね?自発的にカプリに逃げたと思っていますが???笑)
 ティベリオは、このカプリから書面を元老院に送って承認させる、という統治システムを確立しました。
 彼は、何度かローマに帰ろうとしました。一度帰ろうとしたら、石を投げられたそうです。そして、2度目は窒息させられそうになったそうです。そしてとうとう、3度目に奮い立って再度ローマに帰ろうとしましたが、今度はほんとに窒息させられてしまいました。・・・彼の死には諸説あるそうですが、これは、ポンペイやこのヴィラ・ヨヴィスなどを発掘したMailri氏の説だそうです。ガイドさんはじめ、カプリの人々は、この説を信じている人が多いようです。
 (本当に彼は帰ろうとしたのかなあ・・・塩野さんのおっしゃるように、冬で連絡機能が麻痺する時期に本土に渡っただけではないかと思っているのですが・・・。でも、上記の説は、ティベリオさんが、意外と気弱な部分があるように描かれていて、それはそれで興味深いようにも思えます。)

 最後に、ガイドさんのティベリオ評・・・。
いろいろと変な噂は多かったけど、それは彼がずっとひっこんでいたせいで、本当のことではないと思う。彼は、戦争は強かったし、きちんとローマ帝国を治めていたし、こんな立派な建物を建てたし、立派な皇帝だったのだと思う。
 (ちょっと、ティベリウス好きな私の趣味に合わせてくれたような気が、しないでもないような・・・?笑)


 いろいろ面白い話は聞けましたし、それに何より、彼らがいなければ、ヴィラヨヴィスの敷地内にすら入ることはできませんでしたから、絶対、ガイドさんをお願いした価値はありました!!・・・でも、やっぱり、解説全てを信じることはちょっとできないのでは、という印象でした。やっぱり・・・多少はイタリア語を解して、直接やり取りもできるとまた、違ったのかもしれませんね。どんな説がどこから出てきているのかとかも、もっと確認したかった・・・。これから勉強、ですかね〜!!


2009.10.19