晩餐共同戦線


 「同盟だって? 俺とお前で?」
 「そうだ。お前にだって悪くはない話だろ?」

 ヘクトルがイタケへやって来て早3回目の晩餐を迎えようとしている夕刻、アキレウスはディオメデスを引っ張り出して話を持ちかけた。オデュッセウスとペネロペを引き離せ作戦。ネーミングのセンス云々の前に、とうてい叶いそうにない作戦だ。ディオメデスが顔をしかめる。だが、アキレウスはかなり本気だ。
 この3日というもの、アキレウスはヘクトルとまともに口がきけていない。とにかく、オデュッセウスとペネロペが邪魔で仕方がない。故意に邪魔に入っているのだから当然なのだが。

 「お前だってまともにオデュッセウスに構ってもらってないだろ、ディオメデス。わざわざこんな貧乏小国に来てるってのにこの扱い、不当だとは思わないか? 俺なら耐えられないね!」
 「まぁな、それは否定しない。オデュッセウスがトロイアへしょっちゅう行ってるのは知っていたが、あそこまでヘクトルを気に入ってるとは思ってもいなかったし。ペネロペもこれ幸いと俺をオデュッセウスに近付けまいとしているしな。正直参っている」

 そうだろうとも。したり顔でアキレウスがディオメデスの言葉に頷いた。以前からペネロペは、ディオメデスがオデュッセウスに近付くことを良しとしていない。それはアキレウスも知っている。ペネロペも、ディオメデス単体としてはとても高く評価していたが、それとこれとは全く別だった。人間としてどれだけ素晴らしくとも、夫を寝取られてはかなわない。ペネロペはあまり男としてのオデュッセウスを信用していなかった。
 女の立ち入ることの出来ない、戦場における男達の関係が恐ろしかった。そうでなくとも身持ちが固いとは言えない夫に不安がある。だからペネロペは、目に届く範囲にいる限りはオデュッセウスに細心の警戒心を払っている。
 故に、ディオメデスはなかなかオデュッセウスに近付けない。

 「だがアキレウス、ペネロペからオデュッセウスを引き離すのは至難の技だぞ。簡単に出来ることならお前に言われるまでもなく、とっくに実行している。ペネロペは頭が回る。俺には太刀打ち出来ん」
 「問題はそこなんだ。ここが戦場なら、話は早いんだが」

 お互い武勇を誇る戦士だ。相手をたたっ切れば良いだけなら簡単なこと。だが、決戦の場は晩餐の食卓。相手はギリシアの誇る智将に気に入られるだけの知恵者。どう太刀打ちすれば良い?
 そこで考えた。アキレウスは必死だ。必死で策を練った。味方を見つけ出したのだ、それも女の。

 「味方? 誰だ? ここにいる女といえば、侍女や乳母ばかりじゃないか。何の役に立つ。まさか、ヘレネがお前に耳を貸すとも思えんし」
 「ふぅん、お前の目には彼女が男に見えていたか。アンドロマケを忘れている」

 ニヤリとアキレウスが笑った。ディオメデスが瞠目する。あり得ない! 思わず叫んでいた。

 「それがあり得たんだ。アンドロマケは良い女だな。俺が話を持ちかけたらあっさり引き受けてくれた。彼女は食事の間、出来得る限りペネロペに会話を持ちかけといてくれるとさ。あぁ、但し、牽制はされた」

 むすっとした様子で顎を手の上に乗せる。快く引き受けると約束した後、にこやかな笑みのまま、ヘクトルも良き友人としてアキレウスと親睦を深めたいと言っていたから協力するのだと、さり気なく牽制を入れられた。
ヘクトルはあくまでアキレウスに対し、清い親交を求めているのだから裏切るようなまねはするなと。アキレウスはひとまず頷くしかなかった。

 「どうも俺はアンドロマケに頭が上がらないらしい。参る」
 「ペネロペにもだろ? お前は基本的に母親に弱いんだな。オデュッセウスの言う通りだ」
 「やめろ違う。何でもオデュッセウスの言うことを鵜呑みにするのはやめろ。お前だってペネロペは苦手じゃないか」
 「それは認めるさ。だが大体の男はペネロペが苦手だと思うね」

 違いない。アキレウスとディオメデスはゲラゲラと笑った。せめてもの意趣返しだった、日頃彼女に負かされていることへの。

 「良し。じゃぁ、今夜決行だ!」

 アキレウスとディオメデスは机をダンと叩いて作戦開始の合図とした。 


write 160906 tama

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アキの大作戦(笑)、どうなるんでしょうね〜〜
ここでも、さすがのマケ姐さん♪何と懐の深いお人なんでしょうか・・・。
 
こんなマケ姐さんに、アキや愚弟ごときが勝てるはずはありませんよね〜♪(れこ)