アンドロマケ / トロイアの女 /ヘカベ 
(エウリピデス作 ちくま文庫)
本のタイトルは、ギリシャ悲劇 III エウリピデス(上)

1.アンドロマケ
 解説によると、作品“アンドロマケ”のほうは、彼の作品の中では二級品の烙印を押されてしまっています。当時のアテネとスパルタの対立を反映してか、スパルタのメネラオスとその娘でネオプトレモスの正妻ヘルミオネは、これでもか、というくらいの悪人に描かれています。この、いささか度を過ぎた人物描写が、“二級品”たる所以のひとつでもあるようです。
 こちらの話では、ネオプトレモスとアンドロマケの間にはモロットスという男の子が生まれています。一方、正妻ヘルミオネとの間には子供はいません。結局これが、争いの原因なのですけど。
 えんえんと続くオンナ二人の言い争いは怖いです。このなかで気になる記述は、アンドロマケが、ヘクトルの妾の子供の世話まで焼いていた、というくだり。それはちょっと・・・私的には納得いきません!大抵、お互い相手一筋の理想的夫婦として描かれているこの夫婦では、妾の存在なんてありえないと思うのですが・・・??あとは、アンドロマケはヘレネのことも散々に言っています。まあ、戦争の原因となってしまった方ですから、仕方がないといえば仕方がないと思いますが。
 どうがんばっても劣勢なのは、奴隷であるアンドロマケの方です。メネラオスに息子が人質に取られてしまい、絶体絶命。そこへ、アキレウスの父ペレウスが出てきてアンドロマケと息子を助けます。このあたりも、ほとんどが言い争い、という感じなので、読んでいる方はやっぱりちょっとげんなりかも。
 結局、ネオプトレモスは(生きたまま一度も登場しないまま!)オレステスの一派に殺され、ヘルミオネはオレステスと共に逃げていきます。オレステスの運命は、ラシーヌの“アンドロマック”よりは救われてますね。結局ヘルミオネと一緒になれたのですから。
 そして、落胆したペレウスのもとに、アキレスの母テティスが現れ、アンドロマケを、トロイの王子(ヘクトルの弟)である、ヘレノスと結婚させてモロッシアに住まわせなさい、と、ペレウスに指示してます。彼らがモロッシア王家のルーツである、ということを暗示しているのだそうです。
 どうも、私的には萌えないお話です。ほとんどは言い争いに費やされてるし、ネオプトレモスは生きて登場しないし。熱くアンドロマケを愛するネオプトレモスでも登場させてほしかったかも、“アンドロマック”のように(笑)

2.ヘカベ
 ヘクトル、パリスたちの母であるヘカベを中心として、前半はアキレウスの生贄として殺されてしまうポリュクセネ、後半は、息子ポリュドロスの敵討ちの話です。
 前半、オデュッセウスが、アキレウスの霊に生贄として捧げるために、ポリュクセネを迎えに来ます。ヘカベは娘の不幸を嘆き、何とか彼女を救ってくれるように、またそれがかなわぬなら自分も殺してくれとオデュッセウスに嘆願しますが、当然聞き入れてもらえません。このときのオデュッセウスの憎らしいことといったら(笑)!しかし、ポリュクセネは、奴隷として生き続けるよりも、トロイで王女として死んでしまったほうが幸せ、と、王女らしく気高い最後を遂げます。
 その悲しみも冷めやらぬうちに、ポリュドロスの遺体が見つかってしまい、ヘカベはさらに打ちのめされます。ポリュドロスはヘカベの一番下の息子で、トロイ王国で万が一のことがあった場合に備えて、トラキアに宝物と共に預けられていたのです。しかし、トロイ陥落の際に国王ポリュメストルに殺されてしまったことを知ったヘカベは、ポリュメストルへの復讐を企てます。絶望し、誰も頼るもののない状況だというのに・・・。こういうところは、やはり母は強いなあ、と思います・・・。ここで、敵であるアガメムノンに協力を願い出るんですね。すると意外にも、アガメムノンはヘカベに親切で、敵討ちの手助けをしています。ヘカベの訴えを聞き、何とかしてあげようとする姿勢は結構好感が持てました。おかげで結局ちゃんと復讐は果たすことができます。ポリュメストルはトロイアの女たちに目をつぶされ、子供は惨殺されます。
 結局残酷シーンが続いているこのお話。戦争は終わった後の話ですが、戦争のもたらす悲劇を端的に表しているのでしょう・・・。
・・・ところで、このポリュドロスは、“イリアス”の中では、アキレスに殺されてしまっていると思うのですが・・・。史実がどちらに近いのかはわかりませんね・・・・・・。

3.トロイアの女
 プリアモス王の后であるヘカベを中心に、アガメムノンの戦利品となったカッサンドラ、ネオプトレモスの戦利品となったアンドロマケ、そしてヘレネとメネラオスが登場します。また、“ヘカベ”に続いてアキレウスの鎮魂のために生贄にされるポリュクセネのエピソードが出てくるのですが、こちらでは、ヘカベは彼女の死を後で知ることになります。
 カッサンドラの狂乱の場面では、アガメムノンの戦利品となってしまったカッサンドラが、自分とアガメムノンの未来を語ります。カッサンドラは、アポロンにより予知能力を授けられていたのです。だから彼女は、自分はヘレネに負けない不吉な花嫁として、アガメムノンに嫁ぐと、そしてトロイアの復讐を果たすと唄うのです。そして自分も殺され、遺体が打ち捨てられてしまうことも予言するのです。もう、本当にいたたまれません。悲惨な自分の未来が見えてしまう能力って・・・辛すぎます。(ちなみに、彼女はアポロンにより、予言を誰にも信じてもらえない運命を背負ってしまったので、ことあるごとの警告も虚しく、パリスはヘレネを迎え、トロイア人は木馬を引き入れてしまっています)また彼女は、異国の地で死んでいった、また帰路にも災いが待ち受けているギリシャ人よりも、トロイア人のほうがずっと幸せだとも唄っています。確かに、この戦争って、結局勝者のいない悲惨な結末なんですよね。確かにこの見方には一理あります・・・。とても“狂乱”とは思えない冷静な分析!
 続いて現れるのが、アンドロマケです。アンドロマケから、ポリュクセネの死を聞かされたヘカベは深く哀しみますが、アンドロマケは、王女として死んでいったポリュクセネのほうが、生きて“夫の仇の許に、賤しい務めをせねばならぬ”自分よりもずっと幸せだと、ヘカベを慰めるとともにわが身の不幸を嘆きます。すると、姑のヘカベは優しくアンドロマケに語りかけます。悲しんだからといってヘクトルが生き返るわけではないので、ヘクトルのことは忘れて新しい主人を大切にして幸せになれと、そして忘れ形見の息子を立派に育ててくれ、と。
 しかし、オデッセウスの進言により(またこいつだよ〜〜〜!!!)、アンドロマケの手から息子であるスカマンドリオスは奪われて城壁から突き落とされ、殺されてしまうのです。しかも、アンドロマケは、息子を葬る暇さえ与えられずに船出してしまうのです。そのときに、ヘカベに伝えた言葉が泣けます。夫の遺品である盾と共に息子を葬ってほしいと。新しい土地で、(新しい夫に抱かれながら)この盾を見るのは辛いから、と。え〜ん・・・そうですよね。・・・なんて哀しい運命なんでしょうか・・・。やっぱり、彼女の最愛の夫は、ヘクトルただ一人、なんですよ・・・。死んだって、決して忘れることなんてできないし・・・そんな夫の遺品とともに、新しい夫に嫁ぐのは、辛いですよね、ほんとに・・・・・・。
 そうそう、あとはヘレネが登場します。“私は悪くないのよ〜〜!”と、ものすごい詭弁を駆使してメネラオスに言い訳し、結局元の鞘に納まります(笑)ヘカベは、メネラオスに、“あの女を許すな!”と必死で説得するのですが、ヘレネの美しさの前に、彼はすっかり骨抜き状態でした(笑)。この話と、アンドロマケを読むと、いかにヘレネがトロイアの女性たちから嫌われていたかがわかります!!