ティベリウス語り 

3.青年期(2) 結婚、家族

 今度は、ティベリウスの私生活の方に触れたいと思います。

 いつ頃結婚したのかは、本の中には触れられていません。調べたら、紀元前20か19年、と出てるサイトがありました。ティベリウスは、アウグストゥスの片腕であるアグリッパの最初の妻の娘、ヴィプサーニアと結婚し、男の子を一人もうけています。戦闘に出ることは多かったでしょうが、非常に幸せな結婚だったようです。弟ドゥルーススのほうは、アウグストゥスの姉オクタヴィアの娘と結婚、2男1女をもうけます。

 先にも述べましたように、兄弟仲はとてもよかったそうです。特に内向的なティベリウスにとってドゥルーススは、公私共にかけがえのない人物だったのではないかと。自分の息子を“ドゥルースス”と名づけているところからも、弟への愛を感じるように思います。

 兄弟では、弟のドゥルーススのほうが、アウグストゥスに気に入られていた、とする説が多いようです。その理由として、塩野氏はいくつか挙げています。ひとつには、アウグストゥスと似て内向的であったティベリウスより、明るく外交的で、人好きのするドゥルーススのほうがかわいく思えたこと、もうひとつは、アウグストゥスの“血”への執着への理解、もしくは、協力であったと指摘しています。ドゥルーススは、アウグストゥスの甥や姪をたくさん恵んでくれた、という成果がある、ってことです。もちろん、それだけではありません。ドゥルーススは、軍事、政治手腕も優れていました。しかし、それはティベリウスも同じ。どちらも優れていたのですから、“実力”では優劣つけがたいわけです。また、性格だって、内向的なのが必ずしも劣っている、というわけではないと思う(信じたい・・・)のですが・・・!でもやはり、人は自分と似た人よりも反対の性格に引かれるようですから、アウグストゥスがドゥルーススのの方を気に入ってしまう、というのも仕方がないことのかもしれません。とにかく、一般的にも、第2子のほうが、人気者ですよね、何かと・・・。

 さてさて、一方、アウグストゥスの娘ユリアは、アウグストゥスと年も同じアグリッパと結婚し、3男2女をもうけていました。しかし、紀元前12年、ユリア27歳のときにアグリッパが死んでしまいます。すると・・・アウグストゥスは、まだ自分の血に執着し、更なる血縁者を得ようと、ユリアを30歳であったティベリウスと結婚させようとします。ドゥルーススではなくティベリウスが選ばれたのは、もちろん、ドゥルーススは自分の姪と結婚していたからです。ですがもちろん、ティベリウスの能力を買っていた、という点もあります。アウグストゥスは、自分の血を引くものを後継者とすることしか頭になかったのですが、ユリアの子供たちはまだ幼く、“中継ぎ”が必要でした。その中継ぎを任せる役として、ティベリウスの能力が信頼おけたのです。『最高権力者アウグストゥスの強制と母リヴィアのすすめに、ティベリウスは抗しきれなかった。愛した妻ヴィプサーニアと離婚し、ユリアと再婚したのである』(文庫15巻p159)そしてそして、この後の記述がもう、本当に泣けるのです!『ティベリウスはその後、一度だけ街中で、ヴィプサーニアの後ろ姿を見かけたことがあった。かつての妻の姿が人混みの中に消えるまで眼で追っていたティベリウスは、以後、前妻と顔を合わせそうな機会はことごとく避けたという。』この一文を読んだだけでティベリウスの苦悩がわかるというものです・・・。想像しただけで、胸が締め付けられちゃいます。このエピソード、よっぽど有名らしく、ティベリウス関連の記述にはかなりの確率で紹介されています。

 本当にティベリウスって誠実だな、と思うのは・・・ユリアとの結婚生活も、最初のうちは幸福になるように努力していた、ということ。でも、どこか決定的なところでこの二人は合わなかったとも塩野氏は述べてます。ここでは、『品格のない振る舞い』としか述べられていませんが、その後の展開から見ると、どうも、ユリアは浮気がひどかった模様で、そんなところなどが、品格を重んじるティベリウスには耐えがたかったようです。そしてそんなとき、“愛しているフリ”すらできないのが、やはりティベリウス。一応子供も出来たようなのですが、結局死んでしまって、それから二人は寝所を別にするようになります。そしてそれは、家事奴隷の口を通して広く知れ渡ってしまったそうです。『ティベリウスが前線勤務に専念するのも、皇帝の娘との夫婦仲の悪さが原因だと、人々は噂した』(15巻p200)こんな頃から、庶民の噂に悩まされていたんですね、ティベリウスは。それとも、彼のことだから、そんなことは気にもとめていないかもしれませんけど。しかしそんなことを耳にしたアウグストゥスにしてみれば、『わざわざ娘と結婚させたのにと、ティベリウスのこの面での非協力を不満に思う要因になったのである。』。こんなところからも、ティベリウスとアウグストゥスのすれ違いがどんどん進んで行ってしまいます・・・。
 ともかく、後にこの結婚は破局を迎えます。その後の彼は結婚もせず、愛人も作らずに一生を終えることになります・・・。

 しかしまあ、塩野さんもおっしゃってますが、ほんとにアウグストゥスは、個人の気持に関しては、全く無神経な人のようです。ティベリウスはその一番の被害者だ!と思いますが、それと同じくらいに、実は娘ユリアも被害者なんですよね。親の都合で結婚を繰り返させられ、子供を産むことだけを求められ。浮気を繰り返したのも、愛に飢えていたから、かもしれません・・・。(でも、そんな状態だから、結局、せっかくの子供たちだって、そろいもそろってロクな人間に育ってない!!)

 こんなにも一途に一人の人を愛するなんて、ティベリウスは本当に誠実な人なんだろうと思います。そして、こんなに愛されたヴィプサーニアって、どんな人なんでしょうか?興味をそそられます。・・・ヴィプサーニアは、決して身分の高い出身ではありません。ですが、ティベリウスの求める“品格”はあったのでしょう。最初、私のイメージは・・・穏やかで明るくて、ティベリウスの心を癒してくれるような人だったんじゃないかなあ・・・と思ってました。ただ、最近見つけた彫像のスケッチをみてみると、どちらかというとしっかりとしたタイプにも見えます。意外と、夫といろんな議論ができるタイプかも。映画TROYのアンドロマケみたいに(笑)。ちなみに、彫像を見る限り、たいした美人でもないみたい。ちょっとがっかりしましたが、ティベリウスは、見た目の美しさではなく、本当に彼女という人間を愛していたのでしょう。
 そして、これは私の想像(というか、希望?笑)なのですが・・・ヴィプサーニアも、ティベリウスのことは、ずっと忘れられなかったのではないかと思います。なぜかというと、後にヴィプサーニアの夫となった、アジニウス・ガルスが、常に皇帝ティベリウスに反対の立場をとり続けていたという事実からそんな気がして。もしも、自分が妻から心から愛されているという自信があれば、妻の元夫に対してそれほど目くじらを立てる必要もないのではないか、と思うのです。でも、おそらく、妻の心の中のどこかにティベリウスが存在し続けていることを、ガルスは感じ取っていたのではないでしょうか。それが、ティベリウスと対立し続けた遠因かも?なんて思ったりもするのです。・・・・・・まあ、そんなことを考えるのは、私の器が小さいせいかもしれませんけど・・・。男の人はそんなつまらないことで自分の信条を決めたりせず、もっと大きなところでちゃんと自分の信念をもち、それに基づいて行動すると・・・?・・・いやいやでも、意外とそうでもないんじゃないかなあ〜・・・とも思ってもみたり(笑)