ティベリウス語り

6.壮年期(3) 表舞台への復帰


 紀元4年、ガイウスの埋葬を済ませてまもなく、アウグストゥスはティベリウスを養子に迎えました。この一文だけだと一瞬・・・喜ばしいことのような錯覚を起こしますが、実際にはそうでもないようです。 いわば、新たな苦難の始まり。
・・・語ると長くなりますが、まずは塩野さんの引用から。
 『それが公表される前に、66歳のアウグストゥスと45歳のティベリウスの間で、どのような話し合いがなされたかは史実は語ってくれない。だが、想像は容易だ。透徹した現実認識力を共有する二人が余人もまじえずに話し合い、考えの一致を見たのだから、私情は排除しての政治について話し合ったのにちがいない。しかし、ティベリウスの養子昇格を知った世間は、血縁の後継者すべてに死なれてしまったアウグストゥスが、やむなく決断した後継者人事と受けとったのであった。』(文庫16巻p44)
 アウグストゥスの態度自体もそういう感じだったのでしょう。他の資料などを見ても、“ローマのために仕方が無くティベリウスを指名した”ということをわざわざ言ったとかなんとかいう記述がありますから。それに、アウグストゥスはティベリウスを養子にしたと同時に、ただ一人残っていたユリアの息子、アグリッパ・ポストゥムスを養子に迎えています。さらにアウグストゥスはティベリウスに対して、弟ドゥルーススの息子である、18歳になっていたゲルマニクスを養子に迎えることを求めました。ティベリウスにも一人息子がいたのにも関わらず・・・です。これは、ティベリウスの後継者までアウグストゥスが決めてしまったということなのです。
 これらの点についての塩野さんのコメントは『生涯を血縁の後継者確保に執着したアウグストゥスが、最後になって自分とは血のつながりのない人物を後継者に指名したのだから、これ以上の皮肉はない。しかし、戦線離脱にも似たロードス島引退当時のティベリウスへの怒りも忘れての、私情よりも公益を優先した人の決断と賞賛したいところだが、賞賛は半分で留めるしかないのである。』『アウグストゥスの血縁への執着は、孫二人が死んだ後でも消えていなかったことを示している。』ティベリウスの弟ドゥルーススは、アウグストゥスの姉オクタヴィアの娘アントニアと結婚していましたから、ゲルマニクスはアウグストゥスと血縁関係にありました。しかし、ティベリウスの息子ドゥルーススにはアウグストゥスの血は一滴も流れていなかったのです
。ここまできて、まだ・・・と思うと、悲しいやら腹立たしいやら・・・。

 まあ、でも、ティベリウスの復帰は、元老院や一般庶民から好評で迎えられたことは確かなようです。元老院にしてみれば、名門貴族“クラウディウス一門”の血を引くティベリウスは、自分たち側の人間であると思われました。それを抜きにしても、辺境の地での防衛線確立を安心して任せられる人物には、地位だけでなく能力も必要であるということが、ガイウスの失敗で、『一目瞭然』であったため、軍事能力に抜きん出ていたティベリウスならば安心して任せられるとおもわれたようです。
 アウグストゥスも、ティベリウスに対して、後継者としてのあらゆる権限を一気に与えています。この点は“賞賛”に値するのでしょう・・・。
 そして、元老院や一般市民からの期待を一身に受けたティベリウスのほうも、その期待に応えることにやぶさかではなかったようです。そして・・・この頃のゲルマニア戦線は、『一刻も早く、陣頭指揮をとれる人を必要としていた』のです。
 
 首都で快適な暮らしを享受している元老院議員、また贅沢ではなくても安心、安全な生活を送っている首都ローマ在住の庶民たちと比べて、前線勤務の兵士たちは、指導者の“質”には敏感です。指揮者の才覚は自分の命に直接関わるからです。(現代でも・・・リーダーの質に敏感なのは、現場で下につく部下たちですよねえ・・・。)


 復帰後、前線でのティベリウスについては、ヴァレリス・パテルコルスがいろいろなエピソードを残しています。彼は、ティベリウスのもとで騎兵1隊の指揮を任されていた人物のようです。パテルコルスの引用として塩野さんが描かれている、ゲルマニア戦線へのティベリウスの復帰の場面は本当に感動的です。いかに兵士たちが、ティベリウスの復帰を歓迎していたかが生き生きと描写されているのです・・・。そして、塩野さんのコメント。『ティベリウスと彼ら兵士たちとは、実に十年ぶりの再会であったのだ。』 後の彼の運命を知っていてこの場面を読み返すと、ティベリウスも、こんなに市民(ローマ軍団兵は立派な市民です)に慕われていたときがあったのかととても感慨深く思う反面、言いようの無い悲しみもこみ上げてきます・・・・・・。
 『そして、45歳になって戦線に復帰したティベリウスの成熟は、ゲルマニア戦役の進め方にも如何なく発揮されることになる。』ここから、復帰後のティベリウスの大活躍が始まります・・・・・・。