その1 から続いています・・・
○ カプリ島周遊 ○
カプリ島の北側・マリーナグランデのフェリーや高速船の船着場の隣の小さな桟橋(といえるのかもビミョ〜)から、係の人が同乗して、少し沖合いまで出てくれます。そして、操縦法を習い、係の人はお迎えのモーターボートで戻ってゆき、いざ出発!! 一般的には、島を反時計回りに周遊するようです。この日は天気はよかったものの、南風が少々強かったせいか、島の南 側が波が高いので、「危ないと思ったらUターンして戻っておいで」ですと!!
さて。周遊を開始して、最初の見所は、海の離宮ですよ!! 逆光気味なので、色味がイマイチですが・・・島の海岸すれすれのところに遺跡らしきものが見えるのが・・・お分かりいただけるでしょうか??
☆ 海の離宮(Palazzo a Mare) & ティベリウス帝の浴場(Bagni di Tiberio) ☆
海の離宮は、アウグストゥスの滞在した(そして一説には、最も愛した)ヴィラのようですが、ティベリウスが改造・増築の手を加えたものと推定されるそうです。オーストリア人のハドワラ(=他でも略奪を行っている)によって発掘されたのですが、その彼によって床や柱頭、大理石の板などが奪われてしまったそうです。さらに19世紀初期に訓練場にされたり、小要塞が増築されたり、フランス軍に占領されたりして、ともかく・・・大きな被害を被ったそうです。現在は、サッカー場も出来てしまっています。 この遺跡はまだ深く研究されておらず、建物の全体を判断するのは困難ですが、概略から分析すれば、建築の壮大な規模、そして水道の壮大なシステムがあったとわかるようです。 ポンペイの考古学者・マイウーリ(A.Maiuri)は、離宮内の居住部が要塞の建てられた場所にあることや、そこに存在していた水槽やモザイクの床などを確認したようです。さらにサッカー場の位置には庭園などがあったと考えられ、現在は植物に覆われてしまった大理石の階段が、ニンフェウムのあった離宮の海に面した部分につながっていたそうです。さらにさらに!養魚のために使われたと思われる水槽と離宮の船着場の構造も見られ、水面下にも、養魚のための施設や他の建物が見られるそうです!!う〜近寄ってみてみたかった・・・!
また、地図上では、離宮に続いてティベリウス帝の浴場、と書かれています。ですが、実際沖合いから眺めると、どこからが浴場なのかいまひとつはっきりせず・・・。
・・・とはいえ。モーターボートでは、海に面した部分を眺めるのが精一杯。陸から訪ねてみたかったですね〜。ただし・・・資料などを見ても、陸から訪ねるのも結構大変そうです。 ・・・結局、どの部分が何なのかはさっぱりわかりませんが・・・ 必死で撮った写真を羅列します(笑)
多分・・この右側の写真あたりが、ティベリウス帝の浴場、なんじゃないかな〜・・・と。浴場とはいっても、海水浴場、なんでしょうけど・・・。
ちょっと沖合いに出るとこんな感じです。このあたり(島の北側)は、海の色がやや緑がかっているように見えますね。カメラを向ける方向と太陽の方向の関係かもしれませんけれども・・・
*-*-*-*-*
ここからどんどん進んでいきます・・・
浴場を過ぎてちょっといくと、崖の上に、宿泊していた ホテル、“ チェーザル・アウグストゥス(Caesar Augustus) ”が見えました。ほんと、すごい絶壁の上 です!! |
|
|
この舟が集まっているのは、 青の洞窟 入り口付近。 ・・・もう夕方に近い時刻ですから、だいぶ、すいてきて いますね。 |
これはあまり自信がないのですが・・・多分、 ヴィラ・ ダメクータ 付近かな〜・・・と。島の北西部です。 |
|
|
ダメクータから見えたと思われる 要塞 跡。このあ と、いくつかこんな要塞が見られました。ダメクータ やこのあたりは、島の西岸です。やや波も高くなっ てきました。 |
いくつめかの要塞。やはり西岸。やや南側から撮っています。海の色が、海の離宮付近とは異なっています・・・。 |
|
|
そして、西側海岸線の最南端、 カレーナ岬(Punta Carena)の灯台 です。カレーナって、舟の竜骨、って意 味なんですって!!形が似ているから、その名がついた そうです。 |
島の南側にやってきました!このあたりは波が高く、 怖気づいてエンジンを止めると・・・かえって大揺れにゆれ、波をちょっとかぶってしまいました。もう、こうなったら前進 あるのみ!・・・です。 右側の遠くに見えるのは、ファラリョーニ。 |
|
実はこのときはあまり意識していなかった(ので、近づいて写真も撮らなかったのですが・・・この左の写真の左端のあたりが、 セイレーンの岩場(Scoglio delle Sirene) 。そう、あの『オデュッセイア』に登場する場所です!!セイレーンの歌を聞くと、航行中の人々は惑わされ難破、遭難してしまいますが、オデュッセウスは難を逃れます。・・・ローレライにも通じるエピソードですね。しかし、オデュッセウスの航路が、こんな風光明媚なところだったなんて・・・あらためて、塩野さんの(元?夫君の)、『オデュッセイアは、恐妻型亭主の、壮大な嘘の物語』という説は、説得力があるなあ、と、感じます(笑)
一方、右側は、左写真の右側付近を少し寄って撮っています。分かりにくいかもしれませんが・・・中央付近に、九十九折の道がみえます。その1で上から眺めた、 ヴィア・クルップ です。このあたりから右側にかけてが、 マリーナ・ピッコラ(Marina Piccola) になります。
そして・・・いよいよ、ファラリョーニが近づいてきました・・・。 ファラリョーニ(I Faraglioni)奇岩 は、海の深淵から天空を突くような巨大な岩で、カプリの象徴的な光景なのだそうです。海水による侵食で、岩肌が崩れて岸壁から切り離され、続いて穴や洞窟が出来上がったとか。この3つの岩にはそれぞれ名前がついていて、左側から「地上のファラリオーネ」(高さ109m)、「真ん中のファラリオーネ」または「ステッラ(星)」(高さ80m)「外のファラリオーネ」または「スコポロ(岩)」(高さ104m)だそうです。この写真だと、高さが「ほんと?」・・・って感じなのですが、他の方角から見た写真などを確認すると、まあそうなのかな〜という感じでした。
この、真ん中のファラリオーネの穴は、ボートでくぐることができます。・・・近づくと、かなり大きい。ちょっと大き目のクルーザーなんかも、通り抜けてました。
ファラリオーネを通り抜けると、正面にソレント半島が 見えます。 |
|
そして針路を北に。ここから島の東岸を走ります。そしてたどりつくのが・・・ ヴィラ・ヨヴィス 。下からだと見えませんし、正確にどのあたりか、ってのもイマイチよくわかりませんが・・多分、この辺(笑)。左の写真だと稜線の真ん中あたり。右の写真だと左端あたりかな・・・。立派な建物がそびえていた頃は・・・下からもよく見えたでしょうね。今となっては、どのへんが“ティベリウスの落下台”なのかもよくわからず。
そして、ここから針路を西に。ティベリオ山をぐるっと回り込みます。あとは一路、マリーナ・グランデへ。
以上で、カプリ島1周ツアー終了。たっぷり2時間。南側でちょっと波が高かったりもしましたが、総じて快適なクルーズでした。気候も、暑すぎも寒くもなく。 島の周囲には、青の洞窟のほかにも、○○の洞窟、と名のついたものが山ほどあります。次回は、そんな洞窟にも立ち寄ってみたいなあ・・・・・・。
そして再び、フニコラーレに乗って、カプリの町まで戻り、 そこからバスでアナカプリまで戻りました。これがフニコラーレ。 ちっちゃなかわいいケーブルカーです。 |
|
この日は、カプリ島最後の夕べをゆっくりと楽しむことに。夫の誕生日(前)祝い、ということで、ホテルのリストランテで食事しました。ここでの一番のゼイタクは、ワイン。この日は、バローロ(Barolo)を飲みました。・・・が、酔っ払って、ラベルの写真を撮るのを忘れました!
これは食事前、ホテルのテラスから見た、イスキア島。
そして、カプリ島最後の夜も終わってしまいました・・・。 |